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昨日の昼ワーラーナシーを離れてからまた7時間のバスに乗って夜の八時ブッダガヤー(Bodhgayā)に着きました。ここはたくさんの聖跡が訪問する価値があるから、だからここで二つ夜を滯在した、今日の早朝から予定した行程を始めました。ブッダガヤーはインドのビハルー(Bihar)の南にある、そばで恆河の支流ナランジャナ川(Nairaņjanā
River)を通過して、昔古いインド大国のマガダ国(Magadha)に属した領地でした。
佛經の記載によって悉達多太子がカピラヴァストを離れた後、遠く行って各地は修学しました。最もヴァイシャーリー(Vaisali)に初めてきて、その後摩揭陀国(Magadha)の首都王舍城(Rajagrha)に行った、からも彼に対する佛法の疑問に解答することができなった、だからブッダガヤーの南の優樓頻羅村(Uruvilvā)の苦行林に来て、彼の六年間の苦行を始めて展開しまた。しかし苦行の期間の食事は正常ではなった、体が健康の損傷に引き起こしたが、やはりもっとよい道理に悟るてはいけなった、だから苦行を諦めてこの森林を離れました。もともとまだ彼と一緒に修行した五比丘があって、彼らは彼の父王即ち淨飯王が派遣されて来ました。然し彼らは悉達多の離れることを見ろと彼の放棄する修行を誤解して彼に憎み嫌われました。
太子は苦行を諦めた後ナランジャナ川に来て入浴しました。更に牧羊女が提供した牛乳のかゆを飲みました。体力を回復してからブッダガヤーに一本のピパラの木(pippala)の下に静坐して、最後第49日の後仏陀に成った、この木については释迦牟尼の菩提の木(bodhivŗkşa)になりました。
だからブッダガヤーは释迦牟尼にとって重要な苦行と成佛の所でした、またルンビニー(仏陀の誕生地)、サールナート(仏陀は法輪を始めて轉した)とクシナガラ(仏陀の涅槃地)など、以上の四つの地点は合わせて仏陀の「四大聖地」と称しました。
前述べた物語の脈絡を引き続きて私達はここで幾つかの重點を見付けた、たとえば悉達多の苦行林と生活した洞穴、ランジャナ川の岸で牛乳のかゆを飲んだ所、及び仏陀に成る時の菩提の木と金剛座(vajrāsana)などでした。私達はそこを通過して2700年前に悉達多がどのように仏陀になった過程を体験しました。
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